第3回 試験監督のお話

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 試験監督のお話をしたいと思います。もちろん今回も,ええ,いきなり本題に入ります。わたしは4月からA山G院大学の法学部に来ましたが,それまでは都内の法律事務所でバリバリ(自分でいっていいんですかね?)の弁護士をやっていました。国税当局と戦う税務訴訟(行政訴訟)の代理人をやっていたんですよね。なので,大学や法科大学院で「租税法」の授業をやると,あの事件だなという自分が代理人をした懐かしい事件がいろいろ登場します。それくらい税務に関する法律問題を専門に取り扱ってきた実務家だったのですが,お声をかけていただいたので一大決心をし,今年の4月から法学部の教授(税法研究者)としての新しいスタートを切ったのです(あっ,やっと自己紹介ができましたね)。

 ということで,41歳になるわたしですが,試験監督なる仕事をしたことがこれまでの人生で1度もありませんでしたし,まさかやることになるとも思っていませんでした。とここまで書いてふと思い出しましたが,法科大学院で実務家教員として租税法を教えていますので,定期試験のときは監督をしました。ただ,租税法選択者は10名にも届きませんので,監督をやっているというほどの仕事をしている実感はありませんでした。これに対してですね,今回お話しする「試験監督」は,「ザ・試験監督」なんですよ。大学の定期試験で,人数が数百人にもなる科目の試験監督です。

 今年の7月末に監督デビューしたのですが(監督というとかっこいいですが,わたしの好きな野球のでも,それから映画のでもないですけどね),初仕事は,自分が授業を担当していない科目のお手伝いで,1人(自分だけですね)で試験監督をすることでした。大学では試験監督の説明会まで開催してくれましたが,わたしにはわからないことだらけでしたので,たくさん質問をしてしまいました。これまで依頼者の人生がかかるような訴訟の代理人を軽々と(え?自分でいいますかね,また)やってきたわたしですが,学生の単位認定がかかった試験監督は正直,裁判の代理人よりもはるかにプレッシャーになりました。相手は裁判の代理人のように1名ではなく,大勢ですし,試験は1回きりのもので(裁判も1回きりですが,書面を書くのには時間をかけてできますし,口頭弁論期日だって何回もあるんですよ。それに第1審で負けても控訴審がありますしね),かつ,時間も決まっていて,ルールもけっこう細かく決まっているのですね。替え玉がないように学生証の持参が必須で,持参していない人はその日のうちに学生であることの証明書をもらわないと受験できないであるとか,試験開始後○分経過したらいかなる理由があろうとも受験させてはいけないとかですね,そういうたくさんのルールがあるのに,その大教室を1人でデビューしたての監督がみるというのです。試験開始後○分ぎりぎりでもし受験者が教室に入ってきたらどうしようと考えると,前の晩から冷や汗がでてきました。しかし学生からすれば,そんな教授の内心など知るよしもありません。そもそも授業を担当している科目ではありませんから,学生からすれば誰だかわからないただの試験監督に過ぎないと思いますけどね。

 で,当日,試験問題を受け取り,とにかくマニュアル通りにつつがなく進めようと考えながら,かなり早く教室に到着すると,なんと知っている学生と目があいました。考えてみればわたしが教えている大学の定期試験ですから,わたしが教えている学生がいてもおかしくないわけです。早速「先生じゃないですか。こんにちは!」と学生から話しかけられました。これはマニュアルにないことで,すでに動揺しています。その後も,次々に学生から「先生が監督なんですか?」などと声をかけられます。マニュアル通りでない事態が,すでに最初から起き始めてですね,ええ,でも知っている学生が多いことは安心材料になりますので,少し落ち着きました(学生のみなさん,ありがとうございます!って,感謝している場合じゃないか)。

 さて,試験開始前に問題用紙と解答用紙を配布しておくこと,とマニュアルには書かれているのですが,いつ配布するとは書いてありません。試験開始のチャイムが鳴った時点で教室全員に配布されていないとこれはまずいということだと思うのですが,なにしろデビューしたてのわたしは,どれくらいの時間で大勢いる学生全員に問題用紙と解答用紙を配布し終えられるか全くわかりません。かといってあまりに早く配布をすれば,あとから入ってくる学生も出てきて面倒です。そこで15分前から配布を始めました。しかし!しかしです。大量にまとめられた紙を1枚1枚学生に配布するというのは,手先が不器用なこともあってか,意外と難しいのでした。それでも「落ち着け落ち着け」と心に言い聞かせながら配布を続けたのですが,だんだんと時間が迫ってくる感じがしてきました。全然進んでいません。これはまずいぞと思ったところで,なんと手が震えてきたのです。

 あの,わたし,弁護士になって3年目のときに2つの最高裁の法廷で弁論をしたことがあるのですが(最高裁裁判官のまえで15分くらい文章を大きな声で読み上げたのですね),そのときのことをボスから「最高裁なのに手も震えず緊張もせず堂々と弁論をしたよな,木山さんは」と,いまでもいわれるくらい,ふだんから緊張することがまずないんです。テレビやラジオに出ても緊張したことはありません。それなのに! なんでしょう,このざまは。最高裁デビューですら緊張しなかったわたしが,大学の定期試験監督ごときに(ごときなんていえないくらいの事態でしたが),手が震えるって何ですかこれ!

 でも,これにはきっと,コツがある! そう思ったわたしは冷静になって考えてみました。どうしたら効率よく大量の学生に紙を配布できるかと。そこまではひとつの机(端と端に2人座っています)ごとに配布していたのですが,そうすると学生ひとりを越えてもうひとりの人に手を伸ばして配布することになり,時間がかかるのです。また,前の席から順番に配っていたのですが,学生と対面して配りながら進んでいくのは,学生から手を差し出されたり机まわりの障害物を避けたりすることで,意外と時間がかかるのです。それでやり方をそこから変えました。わたしが歩く通路の両端(別々の机の端)の2人に紙を配るようにし,かつ,前からではなく後ろの席から(学生の背後から)進むようにしたのです。そうしたら,手の震えもすぐにとまり,素早く配ることができるじゃないですか(あ,これ試験監督やることになった方はやってみてください。とても早く配れますよ! って,もしかしたらみなさん知っていることなのかもですが)。

 試験開始後には,ひとりひとりに受験票を配布して記入をさせて学生証との照合もするのですが,これも同じ要領でやったら素早くできました。あとは学生の数を数えたり,いろいろ初めてのことだらけでしたが,コツをつかんだら早くできました(って,試験監督のこなし方自慢ではないのですが)。

 じつはわたし弁護士の仕事をしていたときに,このように緊張したことってほとんどなかったんです(記憶ですけど)。それは何をするにも,事前にできることは事前にすべて終えるようにしていたからです。最高裁の弁論だって,事前に読む内容は準備してありますし,時間をはかって読む練習を何回もしました。と,ここまではだれでもやるかもしれませんが,本番で緊張しないコツはここから先にあります。それはですね,ここからが今日のお買い得情報なのですけど(ほんとにこの連載大丈夫かなあ),事前にその場のシーンをリアルに「イメージ」しておくことなんです。たとえば,弁護士になって2年目のころに出演した「笑っていいとも!」であれば,自分が出るまえにその番組のコーナーを録画して,どんなセットでどんな方の司会でどんな風に進むものなのかチェックしておきました。ラジオなどでも一緒です。その番組を事前に聞いてイメージしておくんです。そうするとですね,そのときにすごく緊張するんですよ! で,そこで(つまり事前に)緊張しておくと,本番前に度胸が座るんです。あせることなくイメージどおりだな,くらいの感じで本番に臨めるばかりか,事前に本番で起きそうなことまで予想して対策をとっておくこともできます。最高裁についても,弁論したときが初めての最高裁ではなく,その1年版くらいまえに判決言渡しを最高裁の法廷で受けたことがあったので,どんな場所なのかは知っていたのです。で,この辺にマイクがあって,こんな椅子で,といったことをリアルにイメージできました。ですから,どこに手を置いて話そうとか,マイクと自分との距離はどれくらいにしようとか,弁論要旨の紙は持ち上げたほうがよいか,机に置いたほうがよいかなど細部まで事前にイメージしながら対策をとっておいたのです。そうしたら緊張はしませんし,やるべきことに集中できました。やるべきことは目のまえにいる最高裁判事にきちんと主張を聞いてもらうことです。最高裁裁判官は日本に15人しかいません。そのうちの5人に(小法廷なので)わたしの話を聞いてもらえるのですから,これほどすごいことはありません。わくわくしながら弁論をしました。って,いつの間にか最高裁の弁論話になってしまいましたが(まあこれも伏線です。って全然伏線じゃないですけどね。むしろ脱線です)。

 試験監督デビューで,予想外の出来事にあわてながらもなんとかすぐに立ちなおせたのは,「どんなことにも技術はある」というわたしの作家魂(文章術,読書術,思考術,説明術,話し方など技術に関するビジネス書をたくさん書いてきました)に火が付いたからです。

 そして試験監督を上手にこなす技術なんて本はニーズがないでしょうから,この連載に作家魂をぶつけることにしました。

 ということで,えっ? 今日はこのへんして,次回またお会いしましょうー!

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